先の見えない夏

甲子園の話題で持ちきりな世間では、夏が終わっただの、平成最後の夏だのとなんだかんだ夏を楽しく過ごしている人が多いらしい。

パジャマから着替えもせず、布団をたたむこともせずにひっくり返ってスマホを触り、なにもすることなく一日を終える。そうして私の今年の夏が終わろうとしている。
立ち上がって外に出る気力もない。
いつになればここを抜け出せるのだろう。

お酒とゲームと長い夜

最近、昼間にあまり動かないからか寝付きが悪い。夜、飼っている犬の寝息だけが聞こえる空間で天井を見上げていると、不安や焦りに押しつぶされそうになる。だから、酒に何かと頼ることが多い家族の常備する安いビールを1、2缶失敬してパソコンの前に座る。

パソコンの前に座っても別に卒論に取り組むわけではない。ぼんやりとネットサーフィンをしたり、ゲームをしたり、動画を見たり。そうして喉が渇いたら酒を飲んで、天と地が不思議な法則でくるくると回り始めたらなんとかパソコンをシャットダウンして布団に倒れ込む。目が覚めればまた明日が始まってしまうのだ。

酒を飲んで、酔っているときは楽しい。気分が良いし、自分はこの世界にとって有用な人物だと思いこむことができる。私は生きていていいんだと世界に受け入れてもらえているような気分になる。息がしやすい。朝目が覚めて、待っているのが吐き気と頭痛と酷い声だとしても飲みたくなる。というか、ここ何日かは酒を飲まずに眠れた試しがない。
母も父も、酒を飲むと非常に面倒な性格になる人でそれでも二人とも酒を飲まずにはいられない。毎晩酒を飲むし、お互いが家庭内別居になってからは余計に酒量が増えたように思う。酔って理不尽なことで怒鳴りつけてくる両親を心から軽蔑したし、自分はこうなるものかと思ったがそれも遠い昔の話に思える。結局私も苦しくなったときに頼るものは一緒なのだ。

どこで間違えたのだろうとか、考えると苦しくなる。おそらく私に関して言えば、こうして生まれてきてしまった時点で間違いであった。生まれてしまったからには、私には生きる権利も義務もあるのだろう。だから今日もぼんやりと夜になれば酒を飲んで、いい気分で眠りにつくのだ。そのくらい許されたっていいと思う。

なつやすみ

今まで生きてきた中で、もっとも何もしない夏休みを過ごしている。朝9時頃にのそのそ起きて、ご飯を食べてオカメインコと犬と遊んで、ゲームをして、そしたらご飯を食べてまたゲームをして、オカメインコと犬と遊んで、ゲームをして……。

いいんだろうかと不安になる。こんなことをしている場合じゃないと、泣きたくなる。けれど私は知ってもいるのだ、精神的に不安定なときに活動するとろくなことにならないと。だったら休まなければならないし、休んだらいい。ということで、今までで一番だらだらと休みを消費している。どのゲームも夏イベントでもちきりなので、幸い暇になることはない。こういうときは、何も考えなくていいようにひたすら好きなことをするのがいいのかもしれない。
今日も夏がのんびり過ぎていく。

御礼と今後

先日の記事、『内々定を取り消しされた話、既往歴とうつ病』を読んでくださった皆様、またシェアしてくださったり、コメントをくださった皆様、ありがとうございます。自分の気持ちを整理するという目的も大きく、半ば書きなぐるようにして投稿した記事でしたが多くの人に読んでいただけて嬉しかったです。今回私が体験したことは、社会とやらに出れば当たり前のことなのかもしれないけれど、もしそうであったとしても、この事実は書き残しておかなくてはと思って書きました。

ぐちゃぐちゃな文章でしたが、励ましや、ご自身の体験、慰めなどのコメントをくださった方がたくさんいて、本当にありがたいと思いました。ありがとうございます。数日経って、まだ精神的につらいところはありますが日常生活に支障をきたすことなく過ごせるようになりました。本当にありがとうございます。できれば全てにコメントを返したいと思ったのですが、よく見たらはてなブックマークというサービスの方にコメントをつけてくださっている方が多く、ひとりひとりにお返しするのが難しいと思ったのでこうしてまとめての御礼になってしまいました。申し訳ありません。
ちなみにはてなブログを使い始めて一年ほど経ちますが、いつもはアクセス数も少ないのでまずはてなブックマークというサービスを知りませんでした。面白そうな機能なのでまた時間を見つけて使ってみようかなと思います。



これからの就活については、まだ向き合う気力が沸かないがなるべく早く再開しようと思う。少し冷静さを取り戻したあと、すぐにカウンセリングと病院の予約を入れて自分の気持ちを吐き出しに行った。そして、今後は健康に関して何か聞かれた際、うつ病ということは言わないでおこうと決めた。
仕方がないと割り切るしかないように思った。私は現在障害者手帳を申請して通るほど症状はないし、医者からも寛解に向かっていると言われている。とすると、やはり企業の障害者枠の求人には応募できない。かといってうつ病だとわざわざ言えばこの始末だ。
確かに企業は健康な人を採用したいのだ。でも、私だって就職したい。働いて、誰かの役に立ったり、失敗したり、また立ち直ったりしながら自立して生きていきたい。だからもう少し強くならなければと思う。今は少し休んで、あまり周りと比べて焦ったりしないように、自分のペースでまた就活を再開しよう。この体験を思い出しても、あんな会社に入らなくてよかったとそっぽを向けるようになりたい。

内々定を取り消しされた話、既往歴とうつ病

内々定がやっと出たと思ったら取り消された。簡単な話だ、うつ病という病気に注目され、面倒な人材は要らないと切り捨てられた。

一ヶ月二ヶ月ほど前か、某信用金庫の説明会を受け、履歴書を提出し筆記試験を受けた。ぜひ面接に来てくれと言われ、グループディスカッションを経て面接を二回受け、どれも好感触。一般職で応募したが、何度も総合職で来ないかと打診された。断ったが。
さて、トントンと話が進んで最終面接の次の日に電話が来た。ぜひうちに来てくれと。二つ返事で了承したが、その前に他の選考をすべて終わらせてほしいというようなことを言われた。

「私どもとしてはぜひ来ていただきたいが、本当に来てくれるかわからないので、他の選考が全て終わってから内々定をお出しします」

その日、選考が進んでいた2社を蹴った。すぐに電話をかけ直し、内々定を出してもらったのだった。

一週間後、内々定受諾の誓約書とともに届いたのは、健康報告書というものだった。既往歴を事細かに聞かれる。その中で私を青ざめさせたのは、『うつ病などの精神疾患にかかったことがありますか』という質問だった。
健康報告書にははっきりと、ここで書いたことが嘘だとわかったら解雇の対象になると書いてあった。医者やカウンセラーとも話した。親とも話した。入ってからバレてクビになりたくない。長く勤めたいということもある、嘘をついて後ろめたい思いをして入りたくない。私は医者から、就労可能と言う言葉をもらい、企業に求められれば就労許可書も出すと言われ、勇気をだして本当の事を書いた。

それからすぐに本社に呼び出された。
現在の症状、通っている病院、服薬の状況などを細かく聞かれた。私は全て正直に答えながら、医師からも就労可能と判断されていること、アルバイトも接客だが二年続けていること、大学にもしっかり通い単位も取っていることなど、アピールできることは全てした。人事の男性は真剣な顔で聞きながら、最後には笑って、おそらく大丈夫ですよと言った。この場で内々定を取り消されることはなく、その日は8月に内定者向けのインターンシップがあるということまで聞いて帰った。私はここですっかり安心してしまっていた。人事の男性は、『今日の結果は上に報告し最終判断は上が行う』と言っていた。

それから数日後、再び本社へ呼び出された。
入ると、先日とは打って変わってどこか硬い表情をした人事の男性がいた。
「上に報告し判断を仰いだが、あなたの体のことを考えて、やはり健康な人でも精神に負担をかけることの多いうちの職場では、あなたは」
そこまで聞いて、やっと私は呼ばれた意味を理解した。
足元の地面が崩れていくようだった。
何度も何度も働かせてほしいとアピールした。判断をした人と会わせてほしいとさえ言った。何も受け入れてもらえなかった。
今は症状が良くても、再発したときに責任は自分の会社に来る。
この一点のみだった。

その後のことはよく覚えていないが、気づけば自宅の布団の上でスーツも脱ぎ捨てた下着だけの格好で転がっていた。泣きすぎて頭が痛かった。叫びすぎて喉が枯れていた。

苦しいが、これは書き残しておかなくてはと思う。何をするのが正解だったのか、私にはわからない。既往歴を隠して入社して、その後どうなっていたのかなんてわからない。けれど悔しくて悔しくて、悔しくて惨めで泣けて仕方がない。私はなんのために病気を治そうとしてきたのか。

立ち上がれない。きっともう少し時間が必要だ。けれど現状として私には選考中の企業も内々定の出た企業もない。できるだけ早く動き出さなければと思う。ツイッターでも、たくさんの人に様々な情報をもらった。慰めの言葉もたくさんもらった。本当にありがたかった。同時に自分が惨めで情けなかった。社会の厳しさも知らず、幸せだなんだと大層なことを言って正直者であろうとしていた自分が恥ずかしかった。もっと私はいろいろなことを知り、考えなくてはならない。

生存している報告と生存していく報告

非常にじめじめむしむしと嫌な気候が続く。こんな日に冗談じゃないと思いながらリクルートスーツに身を包んだ私は、今日も重たい体でどこかの駅を歩いている。

就職活動が本格化し、精神が不安定というより単純にここに割くだけのエネルギーと時間がなくなっていた。しかし私は生きている。日々、自己PRやらガクチカ(学生時代に力を入れたことの略らしい)を言わされながら、ああでもないこうでもないと質問を投げかけられながら。あなたの本当の姿を見せてくださいなんて人事は言うが、健康面で何か申告することはありますかの問に「うつ病」と記入した会社は全て落ちた。そういう世の中である。
今の状況はとてもしんどいものがある。日々新たな予定が入り、なかなか気が休まらない。仕方がないとは思いつつも少しずつ、毎日何かが削られていく心持ちでいる。このまま就職活動を続けたら、きっと今の私は無くなるのだろう。しかしこれまでも、日々を生きていく上で過去の私はなくなってきているのだからあまり問題はないのかもしれない。

苦しい毎日ではあるが、喜びもある。楽しさや喜びを日々の中に見出すことが、小さな頃の私の得意分野だったことをつい先日ふと思い出した。
ちゃんと企業説明会や面接の時間に間に合うように身支度ができることだったり、朝の満員電車に乗って移動ができることだったり、夜中に一人で手芸に励む時間があることだったり、知らない土地に一人で行けることだったり。
気付かぬうちに、私にはできることがたくさん増えていたということ。それに少しずつ毎日気付いて、少しだけ嬉しく誇らしくなる。こんな自分ならば、明日も明後日も生きてもいいか、とさえ思う。そして、そう思うことができる自分を、また少し誇りに思う。

病気を明かさず、なんとか日常生活も送りつつの就職活動は想像以上に大変だ。面接時間を遅らせて欲しいなんて当日に言えないし、何か配慮してほしいなんてもってのほか、こちらはできる限りボロを出さないように振る舞わなければならない。未だに、何か私はおかしな振る舞いや回答をしていないか不安だ。一時、人事はもしかして精神疾患などの人間のことをひと目で見抜くことができるのではと、毎夜泣いていたこともある。
しかし、まあ当面はこのままなんとか続行していこうと思っている。まだ私は今の状況について行けぬほど衰弱しているわけではないし、何かあったときに愚痴を言える友達もいて、家族も金銭的な援助をしてくれる。何より、私は自分が今の状態でどこまでできるか試してみたい。一度は先のことを考えられないような暗闇の中にいた自分が、そこを過ぎて自分の未来のことを考えてもがけるようになった自分が、どこにたどりつくのかを見てみたい。

そういうわけで、これは生存している報告と生存していく報告である。
私はきっと明日も生きていく。たまに死にたくなりながら、なんとかみっともなく生きていくのだと思う。
そんな自分に、明日も幸あれ。

やる気/Zero

タイトルそのまんまである。

就職活動に卒論、やらなくてはならないことは分かっているのに動けない。何となく理由はわかる、どこから手を付けたらいいかわからないのと、並行作業が苦手なのとがそれだ。嫌になる。私は小さいころから予定を立てるのが苦手だった。過干渉な母親は私の数センチ隣で、私が予定を立てられないのをなじり無理やりスケジュール表に向かわせたが、完成したのは最初から最後まで母親が考え、自分の娘に最適だと思った予定表であった。そういうわけで私は未だに予定の立て方、スケジュールの組み立て方がさっぱりわからない。ついでに言うと、夜遅くまで怒られながら予定表を作った記憶がよみがえってきてカレンダーを見るのさえ嫌いだ。みんなどうしてこうも先のことを具体的に想像して組み立てられるのだろう。

しかしやらなければならないことは待ってくれないので、しぶしぶ机に向かい、エントリーシートを作成したり企業説明会の予約をしたりするのだが、今度は他のことが気になって仕方がない。卒論の書き方も教えられていないのに、春休み明けに卒論の進捗を見せろだなんて教授もひどい人だ。生徒のことを思って早め早めに取りかからせてくれるのだろうが、私はまだ白紙に近いワードの画面を前に呆然としている。書き始めも体裁も分からない。もう何をしていいかさえ分からない。だから並行作業は嫌いだ。いくつか優先順位の近い課題があると一つをこなす間にもう片方が気になって手が進まなくなってしまう。こんなことではきっと社会とやらに出て行ってもすぐに駄目になってしまうのに。

今日も何にも進まないまま、時間だけが確実に過ぎてゆく。ああ。