やる気/Zero

タイトルそのまんまである。

就職活動に卒論、やらなくてはならないことは分かっているのに動けない。何となく理由はわかる、どこから手を付けたらいいかわからないのと、並行作業が苦手なのとがそれだ。嫌になる。私は小さいころから予定を立てるのが苦手だった。過干渉な母親は私の数センチ隣で、私が予定を立てられないのをなじり無理やりスケジュール表に向かわせたが、完成したのは最初から最後まで母親が考え、自分の娘に最適だと思った予定表であった。そういうわけで私は未だに予定の立て方、スケジュールの組み立て方がさっぱりわからない。ついでに言うと、夜遅くまで怒られながら予定表を作った記憶がよみがえってきてカレンダーを見るのさえ嫌いだ。みんなどうしてこうも先のことを具体的に想像して組み立てられるのだろう。

しかしやらなければならないことは待ってくれないので、しぶしぶ机に向かい、エントリーシートを作成したり企業説明会の予約をしたりするのだが、今度は他のことが気になって仕方がない。卒論の書き方も教えられていないのに、春休み明けに卒論の進捗を見せろだなんて教授もひどい人だ。生徒のことを思って早め早めに取りかからせてくれるのだろうが、私はまだ白紙に近いワードの画面を前に呆然としている。書き始めも体裁も分からない。もう何をしていいかさえ分からない。だから並行作業は嫌いだ。いくつか優先順位の近い課題があると一つをこなす間にもう片方が気になって手が進まなくなってしまう。こんなことではきっと社会とやらに出て行ってもすぐに駄目になってしまうのに。

今日も何にも進まないまま、時間だけが確実に過ぎてゆく。ああ。

メンヘラと私と彼女と

数年前、私はメンヘラを名乗らなくなった。
理由はいくつかある。一つは、自傷行為を芸術的表現として使う人と同一視されたくなかったから。一つは、単なる面倒くさい人間だと思われたくなかったから。そして一つは、メンヘラと自称している限りいつまでたっても自分を大事にできないと思ったから。つまりは、メンヘラでいることが嫌になってしまったのである。
腕を星型に切り裂いてタグをつけてツイッターで呟くのも、自分の血液を保管して見せびらかすのも、私は嫌いだった。今思えば、それらの行為をどこか俯瞰することができている人たちに、自分が馬鹿にされていると思ったからかもしれない。私はそういった人たちのことをツイッターで晒して、叩いたこともある。最低なことをした。本当に申し訳ないと思う。今、私はそういうことを特別好きではないが、嫌いではない。そうして感情や自分の中に渦巻く様々なものを、はっきりと表現している人たちがいて、そういうものを好む人もいると知っている。私もたまに見に行って、暗い雰囲気や危険な空気にくらりとくることがある。
メンヘラだからと堂々と公言して、他人が嫌がることをする人たちが嫌いだ。理由などないが、強いて言うならば家族にそういう人がいるからだ。おそらく同族嫌悪的な面もあると思う。しかし私はこういった人間を好きになることはこの先もできないと思う。
メンヘラを名乗っていると、自分を傷つけなくてはならないような気がしてくる。最初、私はメンヘラと自称しはじめたとき、「私にも居場所ができた」「立場ができた」「肩書ができた」と感じた。つらいときに腕を切っても、うっかりして薬を飲みすぎても、酒を飲みすぎて吐いても首吊り自殺未遂をしても、許される居場所ができたと思ったのだ。ここにいる限り、私は否定されない。みんなメンヘラで、私だけではないのだから。私が死のうと、あなたが死のうと、きれいな言葉で引き止めてくる人間はいない。死ねるといいねと、私が欲しかった言葉が降ってくる。しかしあるときから、じわじわと首を絞められるような不安が迫ってきた。それは、それまでどん底を横這いに進んでいたうつの症状が、少しだけ回復に向かっていた頃のことだ。いつまで自分を傷つけ続けよう? ぼんやり思った。いつまでリストカットすればいいのだろう。いつまで死にたいと思えばいいんだろう。いつまで薬を飲まなきゃいけないんだろう。いつまで苦しめばいいんだろう。苦しさから逃れたいと思えば思うほど、自傷行為を止めたいと思えば思うほど、私はメンヘラとはいえない人間になってしまう。私は苦しい気持ちを共有できる場所が欲しかった。苦しいと言っても否定されない場所が欲しかった。ひたすら共感してくれる誰かにそばにいて欲しかった。「メンヘラ」という言葉は、その全てでもって私を受け入れて、そしていつの間にか私をしっかりと抱き締めてしまっていたのだ。

そういうわけで、私はメンヘラをやめてしまった。正確には最初に書いたとおり、メンヘラを名乗るのをやめた。それで何が変わったわけでもなかった。ただ、それから長い間、私は足元の床が透明な氷になったような気持ちでいた。



半年ほど前に書いた記事に、彼女という人が登場したのを覚えているだろうか。
私の心の中に、今もなお彼女がいる場所はとても広い。そんな彼女との会話を、さっきのメンヘラについて話しているときに思い出したので書き留めておこうと思う。

彼女は決まって私と帰ると、自分にとってこの世で一番大切な人が誰かを教えたがった。それはいつだって最後の分かれ道で行われた問答のようなもので、彼女はいつだって世界で一番自分のことが、つまり彼女自身のことが好きだと言った。あるとき、ふと真剣な顔をして彼女は、「私は私が世界で一番嫌いで、私が一番好きだよ」と言った。それまでに話していたのは、私と彼女、どちらが将来犯罪者になる可能性が高いか? という話題だった。私はその直前に、絶対に彼女の方が高いと断言していた。当時の私にも、彼女の危うさはなんとなくわかっていたので。私は意味がわからずに、「私は一番とか二番とか、わからないな」と答えた。すると彼女は今度は私をしっかりと見つめて、「あんたのほうがよっぽど危ないよね。」と言うと、それから帰るまでは口をきかなかった。私もなんだかムカムカして、その日はそれで別れたのだと思う。
そんなことを思い出して、未だに私はぼんやりと思う。彼女はきっと、誰よりも私を見抜いてしまっていたのだと。自分のことを大切だと言えずにひたすら誰かの顔色を見て過ごす子供を、一つ上の視点から見つめていたのかもしれない。彼女は、誰よりもメンヘラであって、そして誰よりもメンヘラではなかったのだろう。

そんな彼女と対で買った、サンダルの形をしたピンバッジがあった。大切に大切に保管していたものだったが、もうどこにもない。なぜって私は、去年の大掃除のとき、自分の手でそれを捨ててしまったのだ。
片足だけのピンバッジは、まだ彼女の心の中にあるのだろうか。

寒さに溶ける

外に出て、ダウンコートのポケットに手を突っ込んで首をすぼめて、寒いなあと思った。
この時期に吹き付ける風は、どうやら体をえぐっていったようだ。胃の下あたりを冷たい風が吹き抜けていくと体が一回り縮むような気がする。ぽっかりと空いた穴に、また冷たい冷たい風が差し込んで穴を広げて、人間などひとたまりもない。

寒い寒いと二人ではしゃぐ女子高生は、寒そうな格好なのにあたたかそうで、何も言わずに俯いてスマホをタップし続けるサラリーマンはあたたかそうな格好なのに寒そうだ。駅のホームにはそんなあべこべな人たちがそろって電車を待つ。遠くの方から踏切の音がすると、みなそわそわと線路の向こう側を見つめて足踏みをするのだ。

大きな穴を抱えた人間が鉄の箱を待ち、コンクリートの上に殺傷能力の高い風が吹き付ける。やがてこのツキリと鋭く冷たい風が、ゆっくりゆっくり体に空いた穴を大きくしていくだろう。

妄想のはなし

何を書こうかとぼんやり考え、別に何も書く事は無いと手を下ろす。そんなことをしていたら、前回の記事からもうひと月も経つらしい。こうして何かを書き記すという行為は意外に疲れるものであり、取り掛かるのには勇気がいるものなのだ。仕方がない。ということにして、自分を許してやることにしよう。

今回は妄想について書いてみたいと思う。
妄想、妄想と聞いて何を思い浮かべるだろう。これは、もとは精神医学の用語らしい。ただ、日常的に使うときの意味はそう、例えばアニメや漫画などの二次創作、そのアイデアとか。いかがわしい空想だとか。そんな意味で使われることが多い気がする。
私はこの妄想というのが大好きで、小さい頃から非常に多くの冒険を繰り広げてきた。もちろん、その妄想の中で。あるときは名も知らぬ西洋の街で勇者の一行に加わったし、あるときは東洋の路地裏で娼婦になった。それらの妄想は大抵、なんの役にも立たないと思われがちだが、この妄想力ともいえるものに助けられることも何度かあったので今回はそれに言及してみたい。

先日、ツイッターにて私の楽しんでいるゲームが、ゲームシナリオのことで炎上している場面に出くわした。たしかに話題になったそのシナリオは、後半になるにつれて前半の伏線を回収しきれずに駆け足で進んでしまった、そんなようにも感じられた。そう感じた人が多かったのも事実なのだろう。そんなことを思いながらたくさんの人のツイートを見ている中で、「このシナリオは、私の解釈と違う。ショックだ、もうやめる」。そんな人をちらほら見かけた。
その時、私は言いしれぬ寂しさを感じた。
その人たちにとっては私の意見など理解したくないかもしれないが、どうしても寂しいと思ってしまった。だって、私達には妄想するという手段があるのに、それまで楽しんできたものを、1つの解釈の違いとやらで捨ててしまうのはあまりに悲しくはないだろうか。これは私がなかなかモノを捨てられない性分なのも関係しているのかもしれない。けれど、少し自分の意図に沿わないシナリオがあったからと、それまで楽しんできたコンテンツから離れてしまうのは、やはり、なんとも寂しいように思えるのだ。

実は以前、私にも同じ経験がある。私の場合は小説であった。シリーズ物の小説を数年かけて待っては読み、待っては読み、そして辿り着いた結末は全く私の意図しないものであった。私が好きだった登場人物は皆悲惨に命を落とし、当然こうなるだろうと想像していたシナリオはことごとく外れ、全く的はずれな…この場合、的外れであったのは私だが…そんな終わりが無慈悲に訪れてしまった。ページをめくるたびに暗澹とした思いに包まれていくのを感じながら、それでも一縷の望みをかけて最後まで読み切った私は、しばらく立ち直ることができなかった。あんまりだと思った。作者は人でなしだとさえ思った。しかし…しかし、それから一週間ほど経った頃、私はまたその小説を最初から最後まで読み直し…これは、これは当然ではあるが…これは作者のための作者の世界を表現したものであるとやっと気付いた。
当たり前のことであった。なぜなら、その小説を書いているのは私ではないのだから。
当然それは作者の世界だ。作者の頭の中に広がり、無限に今も広がり続け、もしくは次第に収束していくであろう彼または彼女の世界なのだ。私達はその世界の一部に、文字や絵や音楽などを通じて触れているだけに過ぎない。そう気付いたとき、もう私は作者を人でなしとは思わなかった。彼女は自分の頭の中にある世界を描ききったのだ。たとえその過程で、私の思っていたものと違うものがたくさん生まれたとしても。そして、たとえ私が思っていたものと違うものがたくさん生まれたとしても、私がその小説の登場人物を、世界を、雰囲気を、気に入って楽しんだということは変えようのない事実なのだ!

今、SNSが発達し、情報は光の速さであちこちを飛び交い、その中で人々は自分の求める、最も正確性の高い情報を選び取って生活していかなくてはならない。そんな中、多くの人々からの反響を得ている情報というのは目に入ってきやすいだろう。一人が「これは私の想像と違う!」と言い出せば、我も我もと、自分では言葉にできなかったもやもやを言葉にしてもらったとでもいうかのようにその発言は力を増していく。多くの人の同意の中で熱狂に浸るのは楽しいだろう。冷えた指先で小さな箱を叩けば熱に酔うことができるのだから。しかし、少しだけ待ってほしい。おそらく、その他人の「私の想像と違う」は、あなたの「私の想像と違う」とも違う。作者の描いた世界はあなたの想像とも違えば名も知らぬ誰かの想像した世界とも違うだろうが、あなたは少なくとも、作者の描いた世界の何かが気に入ったからこそ、そこまでその世界を楽しんだのではないだろうか。本当にその「想像と違う」という内容は、あなたが好きだった世界を後にするのに足るようなものなのだろうか。

そこで、ようやく。妄想の出番であろう。
この妄想、ハマってしまうととても楽しい。非常に面白い。絵が描けなくても、文章が書けなくてもできる。ただ頭があれば。
やり方は簡単だ。好きな世界観の中に、オリジナルの人物でも、そこにすでに登場した人物でも誰でもいい、動物でも植物でもいい、建物のような無機物でも構わない…それらを落とし込んで、それを自分のやりたいように動かすだけ。つまりは、人形遊びのようなものだ。二次創作と同じようなものだが、自分の頭の中だけで完結するのでいつでもどこでも簡単に好きな世界に浸ることができる。もし自分のお気に入りの登場人物が原作の中でとっくに死んでいたとしても、なんとでも理由をつけて街のどこかに居座らせてしまえばいい。思い通りの相手とくっつかなかった登場人物も、頭の中では誰と交際させようと自由だ。こんなことを言うと原作を大事にしろとかいう文句が飛んできそうだが、そこは仕方がない。人の頭の中までは誰も入り込めないのだから。それに、原作を大事に思っているからこそ、その妄想を頭の中だけでとどめておいているのだという言い訳もできる。なんにせよ、作者の頭の中から広がった世界をもとに、自分の中で新たな世界が広がったというだけのことだ。ちなみに、世界的に有名な作家たちの間では、自分の作品からインスピレーションを得たという他の作家の設定や世界観を気に入り、自分の作品にまた取り入れ、それをまた他の作家が気に入って取り入れ…というエピソードがいくつもある。それくらい楽しいものなのだ、これが。

今まで様々な創作物に触れてきたが、一つとして私の想像通りであったものはなかった。しかし、それらに触れて、自分の中で新しい世界を広げていくと、ふいに今度は原作に立ち返ってみたくなるときがある。そうすると、今度はそれまで見えていなかった素晴らしい点に改めて気付くことができたり、逆にもっと自分の想像と違ったというものを見つけたりする。それがまた、妄想の楽しいところだと思う。
好きなものから思い切って離れてしまう、ぽいとすぐに捨ててしまうのではなく、別の楽しみ方を試してから離れるか決めるのも悪くないのではないかと思う。それから、二次創作などに「想像と違う!」と声を上げて攻撃的になる人のことは私は全く理解できない。他人が自身で広げた広大な世界を前に、自分が広げた世界を比べて違うからと攻撃的になるのはあまりに愚かだ。そういう人は、自分の世界から出てこない方が双方にとっても良いと思う。

カウンセリングと私

私がカウンセリングに通って、3年と少し経った。体調と相談して、週一、または隔週で通い続けている。家庭の悩み、大学生活の悩み、人間関係の悩み、そして病気の悩みなど、様々な悩みをカウンセラーに吐き出して、解決策を探る手助けをしていただいている。日によっては、ただの雑談や愚痴になるときもあるが、このカウンセリング、大抵は非常に疲れるものだ。カウンセリングのあとに体調を崩したり、急に落ち込んで寝たきりのようになることもある。

今現在は大学のスクールカウンセラーのもとに通っているが、入学前は通院先の病院でカウンセリングを受けていた。初めてカウンセリングを受けたときは、何を話せばいいのかさっぱりわからずに、ひたすら下を向いて黙っていた。沈黙が恐ろしかった。その頃うつ病の症状がひどかったこともあって、何か発言しようものなら怒られるのではないかとさえ思っていた。結局、私はその病院のカウンセラーには重要なことは何一つ話すことができないまま、大学に入学した。
入学後、大学にもカウンセラーが常駐していると聞いて母に勧められるまま、再び私はカウンセリングを受けることになった。母は私に、「暗い考え方を矯正するため」とカウンセリングを受けることを何度も勧めてきていた。仕方なく私はまた、カウンセラーのもとへ通い始めた。
初めは雑談。今週何があったか。大学には慣れたか。何か困ったことはないか。
当たり障りのない回答のできる話題ばかりを選んで、カウンセリングの時間は過ぎていった。半年ほど経った頃、カウンセラーにも慣れてきた私は自分にカウンセリングは必要ないと思う、と正直に言うことにした。カウンセラーの女性は本当に優しげな方で、何を言っても怒られることはないだろうと私は考えたのだ。すると、彼女はそうは思わないと言って、これからもカウンセリングには続けて来てほしいと頼んできた。私はとても不満だったが、断ることもできずに引き下がった。
しばらくして、大学に通うことにも慣れてきた頃、急に体調を崩した。布団から起きられなくなり、講義に出ることはおろか人の声すらも不快になった。その後また外に出られるほど回復したとき、私はカウンセラーに、もうしんどくなりたくないと言った。カウンセラーは、メモを取りながらぽつぽつと私の話すとりとめのない愚痴を聞き、そういう話をもっと聞かせてほしいと言ってくれた。自分が苦しいと思う出来事について話すことは、非常に疲れたし大変だった。けれども、言語化するというのは不思議なもので、確かに大変だがそのあと少し楽になるのだ。頭では分かっていたが、いざ自分がそれをするとなると自分には他人に話すほどの苦しみなどないと、ためらってしまう。それから、私は少しずつ自分の中にため込まれていた苦しさやつらさを、他人に吐き出すようになった。
今、カウンセリングに行くと私は自分から話題を見つけられる。今週あった嬉しかったこと、楽しかったこと、できたこと、できなかったこと、苦しかったこと、嫌だったこと。ふと思い出したことがあれば、会話の途中にでも昔話を挟んでしまう。小さい頃に経験した嫌なこと。楽しかったこと。そうやって何でもいいから言葉にしていくうちに、なんとなく見えてくるものがあったりなかったり。そんなことを繰り返して、少しずつ少しずつ自分が何に困っているのか、何がしたいのか、何をすれば楽になるのかを探している。

カウンセリングを勧めると、大抵の人は尻込みすると思う。私も何人にも勧めたことがあるが、一度もいい返事が来たことはない。「人見知りだから」、「話すことがないから」、「話しても意味がないから」。お金の問題はなんともならないが、気持ちの問題なら、一度試してみたらいいのにと思っていたりする。私も最初、他人に自分の悩みを聞いてもらって何の意味があるのかと思っていた。そもそも、私は自分のことを誰かに話すのが苦手だった。相談を受けることは多くても、相談する側になることはあまりなかった。だが、一人で抱え込むのはつらい。苦しいのだ。溜め込んだ負の感情が行き場をなくしてどうしようもなくなる前に、吐き出さなくてはならない。
思うに、カウンセリングとは「膿を出す」作業なのではないか。どんどん溜め込まれていく負の感情は、やがて様々な出来事と混ざり合って複雑によどんでいく。それを繰り返して増えていった膿のようなよどみを、出口を作って外に出してやる。もちろん、出すときはめちゃくちゃ痛い。ニキビを潰すときもそうだ。化膿したところから膿を摘出するのも。擦りむいて出来た傷が膿んで、それを取り除かないと傷は治らない。けれどそれは、一度傷ついたところがまた痛むことをしなくてはならないということ。もう一度傷をえぐらなければならないということ。まあでも、膿を出してしまえばあとは傷の治りは早いだろう。ついでに運が良ければ、どうして膿んでしまったのか分かるかもしれない。

つらつらとまた私が思っただけのことを書いてみた。ここ最近体調が悪く、何もする気になれなかったのだが今日は体調が良かった。このまま上がり調子でいってくれればいいなあと思う。それと台風は月曜の朝に暴風警報を出してくれ。頼むぞ。
明日もいい日になるといい。

死にたいと言うこと

気持ちの浮き沈みが激しい。季節の変わり目は大抵そうなるが、何度経験しても嫌なものは嫌である。不愉快で、自分にはなんの落ち度もない、質の悪い病気に後ろから刺され続けているような時間。非常に鬱々とした気分だが、不思議と今日は言いたいことがあるので記事を書くことにした。普段は「死にたい」と思うほど落ち込んだら言葉も出てこないが、不思議なこともあるものだ。

死にたいと思う。ただひたすらにそう思っている時間がある。体全体がだるく、重く、何をするのにも体が鉛のように動かない。数歩歩くだけで頭がしびれ、座れば立ち上がれなくなり、楽しいはずのものが楽しくない。大好きな友人の声も不愉快で、視覚情報をうまく理解できない。周りの状況がわからずに不安でたまらない。攻撃的な他人の言動や、自分の無力感だけを増幅して感じる。
「死にたい」という気持ちの裏に何があるのか、こうして並べ立ててみたところで何も解決しない。結局、今自分が死にたいと感じているという事実があるだけだ。ただ、私は今までの経験から、この感情が永遠に続くわけではないということを知っている。病気に楽しみを一時的に奪われてはいるが、そのうちにまた取り返すことができる。そう自分に言い聞かせて生きる。

死にたいとツイッターで呟くと、非難されることがしばしばある。「本当に死にたいなら死ね」などの、匿名性を利用した攻撃的な返答を見かけることもある。もちろん、周囲からの注目を目当てに自分の命を利用する人間もいるのかもしれない。それはそれでしかるべき処置が必要だろうが、しかしたいていその「死にたい」は視線集めではないのではないだろうか。
体が動かず、楽しみがなくなり、暗い考えばかりが浮かぶ。その状態で、私は死にたいと言う。確かに死んでしまいたい。心も体も苦しいし、死んだほうが楽だと考える。が、それは今すぐ死ぬことと同義ではない。当然だが、「死にたい」と言うことと、今すぐに自殺してみせることは違うことなのだ。今は死にたい。しかし遠くない未来、私はまた死にたくなくなる。楽しいことを楽しいと感じられるようになり、友人と楽しく会話できるようになる。理解しているその事が、今の「死にたい」私を生かしている。だから私は死にたいけれどもう少し生きるだろうし、うまくいけばまた楽しみを見つけて生きられるようになる。
「死にたい」と言う人にはまだ何か、彼または彼女をこの世につなぎとめてくれるものがあるのだ。それはポジティブなものだけではないかもしれない。しかし、死にたいと言う人がまだそこで生きているということを私はただ事実として受け止めたい。その場からいなくなりたい、楽になりたいと思いながら生きている人に、追い打ちをかける人間にはなりたくない。「死にたいなら死ね」とは、病気だったり、環境だったり、そういうものに後ろからも前からも刺されて切られて傷だらけになった人間に、とどめを刺す言葉だ。攻撃的な言葉が、なんとかその人間をこの世につなぎとめていたものを上回る威力をもって放たれたとき、簡単に人は死ぬ。

「死にたい」と言うとき、私は場所と人を選ぶ。この言葉はあまりにも強いインパクトを持つため、日々の生活の中で口に出すと後々大変面倒なことになってしまう。死にたいのだから、先のことは考えられないだろうだって? そうではない。そうではないのだ、だからこの病気はたちが悪い。確かにあとのことを何も考えられないくらいに思考が働かないときもある。が、多くの場合はあとのことまで想像できてしまう。悪い方向に。話がそれた。
だから大抵はツイッターに書き込む。どこかに吐き出して、少しでも楽になりたいが現実世界では到底吐き出せない言葉として。ツイッターという場に自分の中から吐き出す事で少しだけ楽になり、それが私をこの世につなぎとめてくれることの一つだったりもする。死にたいけれどまだ生きていることを確認するためにも。しばらくして落ち着いて、自分が書き込んだことを見直すとそれが自信にもなる。あの時の「死にたい」気分を過ぎて、たしかに私は今楽しく生きている、と。これは推測でしかないのだが、そういう人は他にもいるのではないだろうか。死にたいという気持ちを吐き出したくても場所がなくて、なんとか吐き出しても良さそうな場所を見つけて吐露している人が。

私が言えることではないかもしれないが、どうか「死にたい」だけでなく「つらい」「苦しい」と言っている人を攻撃しないでほしい。助けろとは言わないから、何も言わずに放っておいてほしい。そういう人を救うのは医者やその他諸々の専門家だから、助けようとしなくてもいい。逆に、知識がない状態で助けようとすると共倒れになることも多い。かといって、「どうせ今度も死なないだろう」「そんなにつらくないだろう」と追い打ちをかけないでほしい。今はつらいときだし、死にたいときなのだ。自分でいつかはまた立ち上がるし、立ち上がれなくても収まるところに収まる。

私を含め、今「死にたい」人が少しでも楽になりますように。さあ、帰って寝てしまおう。

いずれ黒歴史になる記事

ポエミーなことを書く。そういう気分になったので。

昨日とても悲しかったことが、今日はそんなに悲しくない。無いと生きていけないと思ったものが、その他大勢の記憶とともに雑多に転がっている。
私は実に流動的で、ひとところにとどまることがない。悲しいと思えばつらく、苦しいと思えば楽しい。楽しいと思えば切なく、恥ずかしいと思えば嬉しい。
本当の自分なるものを探してさまようときは過ぎた。私に本当も嘘もなかったからである。真も偽もない。そこにあるのはただ私であった。弱く脆く、強く固い一人の人間。
昨日の私は死んだ。今日の私ももうすぐ死ぬ。しかし昨日の私は確かに生きているし、今日の私も明日確かに生きて明日の私に寄り添うだろう。死んでは生まれ、生まれては死ぬ。
明日の私が何を感じ、考えるのかという課題には、明日の私しか答えることができないだろう。今日の私は明日の主導権を握ることはない。
さようなら。今日の私は死んでしまう。さようなら。明日また会おう。また明日。さようなら。