herako’s diary

私のための私による私のブログ。整理したいことや、吐き出したいことを練り練りして書いてます。

嫌だ、薄暗い特別な何かを抱えた、危うい存在でいたい。

嫌だ、そんな存在でありたくない。普通になりたい。普通に仕事をして、普通に寝て、普通に。普通ってなんだ。

普通になりたい。嘘だ。きっと今までも私は普通だ。これからも普通だ。
でも気付きたくなかった。いや違う。
私が、過去に体験したことは事実で、けれどその事実を受け止める心のほうが変化している。

私が悲しいのは過去の私が死んでいくからだ。過去の私が死んでいくのがわかってしまうから、死んでしまう子供の心を悼んで悲しく思うのだ。
不自由からくる不満や不平を、やり場のない怒りを社会や世間というものへの疑問を攻撃性を、静かに無いものとして処理してしまう自分が怖い。

一人だと考える時間がいくらでもとれる。
こうして吐き出す時間も。
子供と大人の間で子供側にしがみついている夜が、いつか笑い話になってしまうのなら世界に希望はない。

彼女

あなたと離れて胸が痛いのは、いつの間にか私の一部になっていたあなたがいなくなってしまったから。
体を半分にちぎられたような痛みをまだ覚えている。
誰もいない早朝の物置部屋、校舎のすみであなたが来るのをドキドキして待ちながら、埃をかぶって黄ばんだ興味のない本をめくっていたのを覚えている。
雨の降る朝は、いつも部活の練習に精を出す同級生もほぼいなくて、校舎は静まり返っていた。

もう顔も思い出せない。それでも確かに私の心を、あなたはノートのページのようにちぎって持っていってしまった。
いま何をしているのだろう。

中学生という多感な時期が、私を歪めたのだろうか。それとも、あなたが私を歪めたのだろうか。
いやそれとも、私達は最初から歪んでなどいなかったのだろうか。今となっては記憶の中で顔も声も欠けたあなたが笑うだけである。

あの頃から結局、そのあたりの情動は止まったままであるような気がしている。
この喪失感にぴったりはまるピースはないと分かっていても、あなたを探している私がいることを。
どうか、あなたにだけは知ってほしくないと思う。

美しいと思うものへの憧れと現実

それを理想と現実と呼ぶのだろうかと、ぼんやりと思いながら10連休のはざまにいる。



新社会人となり、会社というところに身を起き、日々なんとか過ぎ行く時間の流れについていけるように歩いている。

私が入社した会社のことは、やはり詳しくは言えないが、とても皆忙しそうに毎日働かれている。てきぱきと動く先輩や上司の姿を見て、尊敬するとともに、あまり自分も足手まといになり続けてはいけないと必死に動き回る日々だ。
慣れないことをする中で、ミスをして怒られたり、普通にやり遂げて怒られなかったり、少し褒められたりしながら生きている。なんだか私、社会人みたいだなあと思いながらデスクに座っている。不思議なものだ。

あまり最初から張りきりすぎてもハードルが上がるだけだと分かっているのだが、どうしてもいつもいっぱいいっぱいになってしまう。頼まれた仕事をしていると定時を過ぎてしまうし、残業をしていて自分の仕事が終わっても周りの先輩が帰らないと、何か自分に他にできることはないかと探してしまって終わらない。時間配分も下手くそだし、優先順位もまだまだつけられない。もう少し余裕をもって動きたいと思いつつ、そうもいかない毎日である。
また、自分で言うのもおかしな話だが私は幼い頃から大人の顔色をうかがってきたため極端に怒られ慣れていない。そのため、ミスやらなんやらで怒られて心が折れてしまうことが心配だった。
そこで、入社してからは怒られたり叱られたりしても、相手は自分のすべてを否定しているわけではないということを強く意識するようにし、加えて心の中で(私はあんまり悪くない)と唱えることにした。もちろん言われたことはまず真摯に受け止めているつもりだし、再発防止策も自分なりに考えている。その後自分で落ち込みすぎないようにするために、この方法はなかなか効果的だ。
私は悪くない……わけでは決してないのだが、それでもささやかに心の中で自分を責めないようにしてやることで少し楽になる。



さて、私はこの10連休をまるまるいただくことができた。
ひとり暮らしの部屋に友達を呼んだり、友達と遊ぶ予定を入れたり、一人でゲームをする時間を作ったりと、かなり休日を満喫していると言えるだろう。
今日は、私が初めて先日友達を家に呼んだときの話をしようと思って記事を書いている。

この友達というのは、私の古い友人、そして以前私と恋人という関係であった人物だ。
この人物が連休に遊びに来るというので、私は嫌いな掃除をなんとか済ませて駅まで車にて迎えに行った。そして数日間、同じ空間で生活することを試みた。
この数日間で私は、この人物と過ごしたことを通じて様々なことを自分の中で整理することができた。高校生であった頃に恋人であった人は、今となってはごく普通の他人であり、距離感のうまくつかめない友人であった。

恋愛に憧れ、恋や愛を経験すれば私も満たされ、“普通”を手に入れることができると思っていた私は、必死で“普通”の恋愛経験を得ようとしていたし、しかし結局手に入れることは叶わなかった。なぜならば、私は相手をきちんと見ていなかったから。私が欲しかったのは私に恋愛経験を与えてくれる人であった。
今思えば、当時の思い出は美しい。
ぎこちなくも同じ時間を共有しようとした数々の思い出は、愛と呼ぶにはおこがましいほどの罪悪感と痛みをもって心の中にある。そして、ひと握りの執着心と、それを押さえつける理性とが確かにある。
しかし、これをただうつくしいものとして受け止めてはいけないと私は知っているし、自分が確かに他人と関わって、傷付けた記憶として仕舞っておくべきものだと分かっている。

私達は数日の間、テレビを見て、ゲームをして、インスタントの食事をして、少し外出して、またテレビを見て、ゲームをした。趣味はとても似ていたので、楽しかった。ネットスラングを使って会話をした。スマホゲームの話題で盛り上がって、ゲームの中で素材集めをした。
ぽつぽつといろいろな話をした。咀嚼する間もなく時間が過ぎることを、ほんの少しだけ惜しいと思った。

やがて私はまた車を出してこの人物を駅まで送り届け、そうして家に戻って珍しく自主的に掃除をした。他人の痕跡を消し去って、やっと肩の力を抜いて、一人で眠った。眠る前にたくさんのことが頭にあったように思う。令和に湧くテレビ画面を見ながら、平成に全て置いてきた、と思った。

最後に、一応そういったことに及ぶかと考えて私が買ってきたコンドームの話をしよう。
この人物が滞在していた間に、コンドームに触る機会が二回ほどあった。一回は、なんとなくそういう雰囲気かなと思ったとき。しかし、お互いにどうすればいいのかわからずに結局使うことはなかった。私は今でも処女のままである。
そして一回は、水を入れて風船にしたとき。この感触はなかなか良かった。もう一度くらい水を入れて遊びたいなと思った。こういった遊びを、遠い昔にしたかったかもしれない。

近いうちに、また水風船にして遊びたいと思う。2つ減っただけの箱を揺らすと小気味の良い音がした。

新しさへの予感

今週のお題「卒業」



内定が出て就職先が決まり、卒業も確定し、私は4月から社会人になる。

文字にすればこれだけの話なのだが、私にとってここ数ヶ月は非常に慌ただしく、また落ち着かない日々だった。

内々定が出たと思えば取り消され、そこから就活を再開したのが9月頃。
改めて別の会社の内定を貰ったのがいつ頃だったか、そして今の就職先に決まったのが2月頃。バタバタと忙しない日々だった。そこから、一人暮らしをすることになって、諸々の準備や手続きに追われるうちにそろそろ卒業式である。既に正直、疲労困憊だ。

ずっと実家を出たいと思っていたが、一人暮らしと決まったのはつい最近のことで、やはり急に決まるとなかなか動揺するものだった。物件探し、家具家電の手配、家賃や水道光熱費などの計算に各種手続き、ああ人がひとり移動するのにこの世は大げさすぎる。そんなことを思いながら、母に恥を忍んで頼み込んで手伝ってもらってなんとか整ってきた。
あと数日で私はこの家を出て、ひとりになる。初めてのひとり暮らしというわけだ。日々の生活を一人で回していけるのだろうか、4月からの仕事にはついてゆけるのだろうか、車の運転も日々しなくてはならないし、お金の管理も苦手だがしなくては生きていけない。
不安と心配だらけの新生活だが、密かに楽しみにしている面ももちろんある。
私は一緒に暮らしている家族のうち、特に父親がたてる生活音に悩まされてきた。この父親という人物は、一言で言えば家庭を持ってはいけなかったタイプの人間である。子供に対しても妻に対しても、何一つ気遣いや思いやりというものをもって接することができない。誰かが悲しんでいればその悲しみを追い打ちするような言葉をかけ、苦しんでいる横で自分だけは平然と日常生活を送り、毎夜酒を飲んで子供を振り回し、自分抜きで楽しんでいる人を見ればその場を台無しにしたがる。そしてもう一つ、厄介なことにこれらを自分がしている自覚が一切なかった。
そんな彼がたてる日常の生活音も一つ一つが大変に大きく、汚く、耳に突き刺さるようだった。私は彼から離れられるのが一番嬉しい。父には、私が鬱病になったときも何か理解をしようだとか、歩み寄ろうだとかいう気配は一切なく、事あるごとに彼の言動は私を傷つけた。今はもう、何も期待せずに彼から距離を取るばかりである。
他にも、趣味である手芸を休みの日に思い切り楽しめることや、ゲームを友達と誰に気兼ねするでもなく通話しながら楽しめること、部屋の中を自分の過ごしやすいように保っておけることなど。不安なことも多いが楽しみなことも多い。

思えばこの5年間は私にとって初めてのことばかりだった。
自分がまさか鬱病になるとは思ってもみなかったし、鬱病に対する偏見をはじめとする社会での生きづらさがこんなに大きなものだとは知らなかった。
突然動けなくなることも、わけもなく死にたくなることも、今までできていたはずのことができなくなることも。何も知らなかったし、それらは一気に間違いなく私を襲ってきた。
病院に通い、カウンセリングに通い、薬を飲んでも思ったように治らなくて自分を傷つけたこともある。左腕内側にある傷痕はリストカットをしていた頃のもので、近づいて注意深く見なければわからないほどだが触れば確かにそこにある。
どうして私が、と何度も思った。浪人してやっと入った大学も、以前の私であれば第三希望にも選択しなかったであろうところだった。その大学の講義も、体調が悪ければ教室にも入ることができなかった。必死で作った友達にも何度嘘をついたかわからない。

けれど確かに私は今こうして生きている。
たくさんの人に出会って、それぞれから様々な影響を受けて、助けてもらったり傷つけたり傷つけられたりして。無事に休学することも留年することもなく大学を卒業する。そして社会人になる。
病気になってよかったとは少しも思わないが、こうして病気になったことは確実に私を変えた。
ものの見方、趣味、人との付き合い方。そして、こうやって変わった自分のことが、私は嫌いではない。病気になる前、私は自分のことが大嫌いだった。でも今は、嫌いではない、好きでもないけれど。これでいいんじゃないかと思うのだ、結局のところ。

これからどんなことが起こるのかは全くわからず、私がまともに社会に出て生きていけるのかどうかはさっぱりわからない。でも行き詰まったときに誰かに助けを求めてもいいということがわかっているし、私一人の力がとても小さいことも知っている。
なんとか生きてはいけるんじゃないかと思う。
天気のいい日に外に出れば気持ちがいいし、好きなものを見に買い物に行けば楽しいし、美味しいものを食べれば気分も上がる、そして一人で喫茶店に入るのも楽しいけれど、仲のいい友達とコーヒーを飲みに行けばまた違った楽しさがある。こういう気分を忘れたくないと思う。

不安だけれど、私は生きていきたいと思うからこの先も生きていくのだ。いろんな人に支えられながら、私もいつかは誰かの支えになりたい。
大学卒業に際し、そんなことを考えている。

最後に、あの頃死にたいと思いながらも生きてくれた私へ。
ありがとう、死なないでいてくれて。よく生き延びてくれました。あなたに、私に、最大限の感謝を。

ドライフラワーを頂いた話

先日、Amazonほしい物リストを公開したら早速買ってくれた方がいた。小さなドライフラワーがたくさん入ったつめあわせ。届いたときは思わず小躍りするほど嬉しかった。
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幸い、買ってくれた方が名乗り出てくださったのでお礼を言うとともに、ブログで紹介する許可もいただくことができた。というわけで、今回はこのドライフラワーを使った手芸をしたときのことを記事にしよう。

先日少し書いたように、私の趣味は手芸である。こまごまとしたアクセサリーを作っては眺め、にこにこしたりするのが好きだ。最近は、上手くできたものを数点、ミンネというオンラインショップで販売もしている。
だいたい扱うのは、ビーズとレジン。
ビーズでネックレスやリングを編んだり、レジンでキーホルダーやピアス、リングを作ったりしている。

今回頂いたドライフラワーでレジンを使った作品を早速一点作ったので、その時の写真を。f:id:herako:20190208175524j:plain
紺色に着色し、ラメを混ぜたレジンと白いドライフラワー、そして小さなパールを使ったリングだ。
以前からリングの型を使ってレジン工作をするのにハマっていたので、今回いただいたドライフラワーを一つまるごと入れて可愛らしくしてみた。
深い夜のような色の中に白い花はとてもよく映えて、うまくいったことにニコニコしている。
まだ研磨やコーティングといった、仕上げ作業があまり得意ではないのでこれからはそっちの方面も意識していきたいなと思う。

あらためて、素敵な贈り物をありがとうございました!
まだまだたくさん別色のドライフラワーがあるので、こちらもレジンの中に封入するなどして楽しみたい。
それでは、今回はこのあたりで。

節分とわんこと私

今週のお題「わたしの節分」

なるほど、本文に上のように入れておかないと今週のお題とやらにエントリーしたことにはならないらしい。まだまだはてなブログ、知らないことが多い。


私自身は季節の行事をあまり大切にする質でもないのだが、やはりこの時期になるとあちこちで節分の話題を耳にする。
豆まき。恵方巻き。鬼退治。いわし。
どれにもそこまで思い入れはないが、節分と聞いてふと。豆撒きをまだ自宅でしていた頃、落ちた煎大豆を大喜びで追いかけ回し拾ってはつまみ食いをしていた飼い犬のことを思い出した。
ポメラニアン特有のふわふわとしたクリーム色の毛並みがわさわさ揺れて、豆を追いかけてどたどた走るさまが可愛らしかった。ひと粒つまみ食いをして怒られるたびに尻尾がしばしの間さがり、それでもすぐにまた楽しそうに豆を追いかけていた。

今はもう豆撒きをしていないし、飼い犬もすでにシニアに方足を踏み入れる年齢だ。もう豆まきをしてもそんなにはしゃがないだろうなと思いつつ、いやもしかしたら、とも思う。誰に似たのか食い意地のはった子だ、また喜んで追いかけるかもしれない。
そんなことを思いながら、この記事をスマホで書きつつ隣で眠る犬を撫でている。

豆まきは冗談として、何かまたおいしいおやつでもプレゼントしたいものだ。
先日行った健康診断で、心臓やすい臓に不調が見つかったこの子はしばらく安静と薬物療法、食事療法を命じられている。普段食べることと散歩を愛してやまない子が、決められた分量の決められた餌しか食べることができないのは見ていて非常に心がいたむ。人間の食べ物を頻繁に与えているわけではないし、推奨しているわけでもないのだが、この子はご褒美にもらえるりんごのかけらだったり、調理前の蒸したじゃがいもだったりが大好物なのだ。
散歩に行くこともできないので、ここ最近はなるべく気が紛れるようにそばにいることにしている。つまらなくて仕方がないようで、うろうろと室内を行き来してはこちらの顔色をうかがうように見てくるのでとてももどかしい。
もうすぐまた通院の日が来る。一刻も早く良くなって、そして早く獣医さんの許可を得て、思い切り外で遊ばせてあげたいと思う。ついでに、おいしいおやつも。



話は変わる。
つい先日、やっと卒業論文を提出し、発表も済ませた。これであとは卒業判定を待つのみである。
様々なことがあったが、無事にここまで生き延びることができた。
強くなったなあと思う。
どこの大学にも受からなかったら死ぬと泣いていた子供が、なんとかここまでこぎつけた。春からの進路も決まっている。卒業判定のことは不安で仕方がないが一度置いておいて、まずはここまで来たことをよく褒めてやろうと思う。
残り少ない(ことを希望する)学生生活、好きなことをして、楽しい思い出もまだまだ作って、そうして社会に出る準備をしよう。

http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/GKDGNJBJIWZR
そして思い出したようにここにリンクを。Amazonほしい物リストだ。
よかったら何かくださいな。
これからもし何かこういった形でいただけることがあれば、頂いたものについてブログで紹介していこうと思う。もし万が一、何かいただけたらの話だが。今のところリストにあるのは、趣味の手芸用品と、知り合いが食べていて興味を持った巣蜜というやつ、それからゲームソフトが1つ。だったはず。
手芸用品をいただけたらそれを使った何かを作って紹介したいし、食べ物や飲み物の場合は食レポを、ゲームソフトなんかをもしいただけてしまったら実況を……実況。できるのかしら。しようと思っている。
というわけで、それではこのあたりで。
明日も、いい日になるといい。

感謝と御礼その2

先日の、「センター試験が終わったら死のうと思っている人たちへ。」を読んでくださった方々、またシェアしてくださった方々、本当にありがとうございます。
いつも100いかない程度のアクセス数がいきなり1日で8000近くまで伸び、さすがにちびるかと思いました。トイレでよかったです。

どうもはてなブログのおすすめ記事に掲載していただいたり、SmartNewsというアプリでも掲載していただいたりしたようでとても嬉しく思っています。しかし前者は自分でも確認できたのですが、後者のSmartNewsの方は自分の記事がいったいどこに掲載されているのかさっぱりわかりませんでした。暇に任せて隅々まで探してみたのですがやはり見つけることができません。どこに載せてもらえたのか、めったにない機会なので知りたかったのですが……。
もし見つけたらよかったら誰か教えてください。

過去の自分の経験や気持ちを整理するために書いた記事でしたが、それが私ではない誰かの心に少しでも何か影響を与えられたのだとしたらそれはとても素敵なことだと思います。そして同時に、とてもありがたいことだと思います。
読んでくださる人がいなければ成立しないことです。本当にありがとうございます。

ありがたいことに、読者登録をしてくださった方が何人もいらっしゃって……。ここからはその方々に向けてのものになります。有名どころのブロガーさまたちとは違い、普段は毎日どころか数カ月おきに記事を更新できたらいい方、という更新速度です。
話題も様々ですし、先の記事でも書いたとおり私のための私による私のブログです。役に立つとか立たないとか、そういう基準で書いているものではありません。
このことをどうぞご了承ください。もしそれでも良いということでしたら、どうか飽きるまで遊びに来てください。のんびりだらだらと更新していきます。

最後に、記事を読んでくださったすべての皆様に。
本当にありがとうございました!
寒い日が続きますから、お体に気を付けてお過ごしください。それでは。