herako’s diary

私のための私による私のブログ。整理したいことや、吐き出したいことを練り練りして書いてます。

新しさへの予感

今週のお題「卒業」



内定が出て就職先が決まり、卒業も確定し、私は4月から社会人になる。

文字にすればこれだけの話なのだが、私にとってここ数ヶ月は非常に慌ただしく、また落ち着かない日々だった。

内々定が出たと思えば取り消され、そこから就活を再開したのが9月頃。
改めて別の会社の内定を貰ったのがいつ頃だったか、そして今の就職先に決まったのが2月頃。バタバタと忙しない日々だった。そこから、一人暮らしをすることになって、諸々の準備や手続きに追われるうちにそろそろ卒業式である。既に正直、疲労困憊だ。

ずっと実家を出たいと思っていたが、一人暮らしと決まったのはつい最近のことで、やはり急に決まるとなかなか動揺するものだった。物件探し、家具家電の手配、家賃や水道光熱費などの計算に各種手続き、ああ人がひとり移動するのにこの世は大げさすぎる。そんなことを思いながら、母に恥を忍んで頼み込んで手伝ってもらってなんとか整ってきた。
あと数日で私はこの家を出て、ひとりになる。初めてのひとり暮らしというわけだ。日々の生活を一人で回していけるのだろうか、4月からの仕事にはついてゆけるのだろうか、車の運転も日々しなくてはならないし、お金の管理も苦手だがしなくては生きていけない。
不安と心配だらけの新生活だが、密かに楽しみにしている面ももちろんある。
私は一緒に暮らしている家族のうち、特に父親がたてる生活音に悩まされてきた。この父親という人物は、一言で言えば家庭を持ってはいけなかったタイプの人間である。子供に対しても妻に対しても、何一つ気遣いや思いやりというものをもって接することができない。誰かが悲しんでいればその悲しみを追い打ちするような言葉をかけ、苦しんでいる横で自分だけは平然と日常生活を送り、毎夜酒を飲んで子供を振り回し、自分抜きで楽しんでいる人を見ればその場を台無しにしたがる。そしてもう一つ、厄介なことにこれらを自分がしている自覚が一切なかった。
そんな彼がたてる日常の生活音も一つ一つが大変に大きく、汚く、耳に突き刺さるようだった。私は彼から離れられるのが一番嬉しい。父には、私が鬱病になったときも何か理解をしようだとか、歩み寄ろうだとかいう気配は一切なく、事あるごとに彼の言動は私を傷つけた。今はもう、何も期待せずに彼から距離を取るばかりである。
他にも、趣味である手芸を休みの日に思い切り楽しめることや、ゲームを友達と誰に気兼ねするでもなく通話しながら楽しめること、部屋の中を自分の過ごしやすいように保っておけることなど。不安なことも多いが楽しみなことも多い。

思えばこの5年間は私にとって初めてのことばかりだった。
自分がまさか鬱病になるとは思ってもみなかったし、鬱病に対する偏見をはじめとする社会での生きづらさがこんなに大きなものだとは知らなかった。
突然動けなくなることも、わけもなく死にたくなることも、今までできていたはずのことができなくなることも。何も知らなかったし、それらは一気に間違いなく私を襲ってきた。
病院に通い、カウンセリングに通い、薬を飲んでも思ったように治らなくて自分を傷つけたこともある。左腕内側にある傷痕はリストカットをしていた頃のもので、近づいて注意深く見なければわからないほどだが触れば確かにそこにある。
どうして私が、と何度も思った。浪人してやっと入った大学も、以前の私であれば第三希望にも選択しなかったであろうところだった。その大学の講義も、体調が悪ければ教室にも入ることができなかった。必死で作った友達にも何度嘘をついたかわからない。

けれど確かに私は今こうして生きている。
たくさんの人に出会って、それぞれから様々な影響を受けて、助けてもらったり傷つけたり傷つけられたりして。無事に休学することも留年することもなく大学を卒業する。そして社会人になる。
病気になってよかったとは少しも思わないが、こうして病気になったことは確実に私を変えた。
ものの見方、趣味、人との付き合い方。そして、こうやって変わった自分のことが、私は嫌いではない。病気になる前、私は自分のことが大嫌いだった。でも今は、嫌いではない、好きでもないけれど。これでいいんじゃないかと思うのだ、結局のところ。

これからどんなことが起こるのかは全くわからず、私がまともに社会に出て生きていけるのかどうかはさっぱりわからない。でも行き詰まったときに誰かに助けを求めてもいいということがわかっているし、私一人の力がとても小さいことも知っている。
なんとか生きてはいけるんじゃないかと思う。
天気のいい日に外に出れば気持ちがいいし、好きなものを見に買い物に行けば楽しいし、美味しいものを食べれば気分も上がる、そして一人で喫茶店に入るのも楽しいけれど、仲のいい友達とコーヒーを飲みに行けばまた違った楽しさがある。こういう気分を忘れたくないと思う。

不安だけれど、私は生きていきたいと思うからこの先も生きていくのだ。いろんな人に支えられながら、私もいつかは誰かの支えになりたい。
大学卒業に際し、そんなことを考えている。

最後に、あの頃死にたいと思いながらも生きてくれた私へ。
ありがとう、死なないでいてくれて。よく生き延びてくれました。あなたに、私に、最大限の感謝を。