メンヘラと私と彼女と

数年前、私はメンヘラを名乗らなくなった。
理由はいくつかある。一つは、自傷行為を芸術的表現として使う人と同一視されたくなかったから。一つは、単なる面倒くさい人間だと思われたくなかったから。そして一つは、メンヘラと自称している限りいつまでたっても自分を大事にできないと思ったから。つまりは、メンヘラでいることが嫌になってしまったのである。
腕を星型に切り裂いてタグをつけてツイッターで呟くのも、自分の血液を保管して見せびらかすのも、私は嫌いだった。今思えば、それらの行為をどこか俯瞰することができている人たちに、自分が馬鹿にされていると思ったからかもしれない。私はそういった人たちのことをツイッターで晒して、叩いたこともある。最低なことをした。本当に申し訳ないと思う。今、私はそういうことを特別好きではないが、嫌いではない。そうして感情や自分の中に渦巻く様々なものを、はっきりと表現している人たちがいて、そういうものを好む人もいると知っている。私もたまに見に行って、暗い雰囲気や危険な空気にくらりとくることがある。
メンヘラだからと堂々と公言して、他人が嫌がることをする人たちが嫌いだ。理由などないが、強いて言うならば家族にそういう人がいるからだ。おそらく同族嫌悪的な面もあると思う。しかし私はこういった人間を好きになることはこの先もできないと思う。
メンヘラを名乗っていると、自分を傷つけなくてはならないような気がしてくる。最初、私はメンヘラと自称しはじめたとき、「私にも居場所ができた」「立場ができた」「肩書ができた」と感じた。つらいときに腕を切っても、うっかりして薬を飲みすぎても、酒を飲みすぎて吐いても首吊り自殺未遂をしても、許される居場所ができたと思ったのだ。ここにいる限り、私は否定されない。みんなメンヘラで、私だけではないのだから。私が死のうと、あなたが死のうと、きれいな言葉で引き止めてくる人間はいない。死ねるといいねと、私が欲しかった言葉が降ってくる。しかしあるときから、じわじわと首を絞められるような不安が迫ってきた。それは、それまでどん底を横這いに進んでいたうつの症状が、少しだけ回復に向かっていた頃のことだ。いつまで自分を傷つけ続けよう? ぼんやり思った。いつまでリストカットすればいいのだろう。いつまで死にたいと思えばいいんだろう。いつまで薬を飲まなきゃいけないんだろう。いつまで苦しめばいいんだろう。苦しさから逃れたいと思えば思うほど、自傷行為を止めたいと思えば思うほど、私はメンヘラとはいえない人間になってしまう。私は苦しい気持ちを共有できる場所が欲しかった。苦しいと言っても否定されない場所が欲しかった。ひたすら共感してくれる誰かにそばにいて欲しかった。「メンヘラ」という言葉は、その全てでもって私を受け入れて、そしていつの間にか私をしっかりと抱き締めてしまっていたのだ。

そういうわけで、私はメンヘラをやめてしまった。正確には最初に書いたとおり、メンヘラを名乗るのをやめた。それで何が変わったわけでもなかった。ただ、それから長い間、私は足元の床が透明な氷になったような気持ちでいた。



半年ほど前に書いた記事に、彼女という人が登場したのを覚えているだろうか。
私の心の中に、今もなお彼女がいる場所はとても広い。そんな彼女との会話を、さっきのメンヘラについて話しているときに思い出したので書き留めておこうと思う。

彼女は決まって私と帰ると、自分にとってこの世で一番大切な人が誰かを教えたがった。それはいつだって最後の分かれ道で行われた問答のようなもので、彼女はいつだって世界で一番自分のことが、つまり彼女自身のことが好きだと言った。あるとき、ふと真剣な顔をして彼女は、「私は私が世界で一番嫌いで、私が一番好きだよ」と言った。それまでに話していたのは、私と彼女、どちらが将来犯罪者になる可能性が高いか? という話題だった。私はその直前に、絶対に彼女の方が高いと断言していた。当時の私にも、彼女の危うさはなんとなくわかっていたので。私は意味がわからずに、「私は一番とか二番とか、わからないな」と答えた。すると彼女は今度は私をしっかりと見つめて、「あんたのほうがよっぽど危ないよね。」と言うと、それから帰るまでは口をきかなかった。私もなんだかムカムカして、その日はそれで別れたのだと思う。
そんなことを思い出して、未だに私はぼんやりと思う。彼女はきっと、誰よりも私を見抜いてしまっていたのだと。自分のことを大切だと言えずにひたすら誰かの顔色を見て過ごす子供を、一つ上の視点から見つめていたのかもしれない。彼女は、誰よりもメンヘラであって、そして誰よりもメンヘラではなかったのだろう。

そんな彼女と対で買った、サンダルの形をしたピンバッジがあった。大切に大切に保管していたものだったが、もうどこにもない。なぜって私は、去年の大掃除のとき、自分の手でそれを捨ててしまったのだ。
片足だけのピンバッジは、まだ彼女の心の中にあるのだろうか。