しあわせな短い日記

8時頃起きて、朝食を適当にこしらえ、洗濯物を干し終えたらあとは自由。そんな日が週に2日ほど。バイトに行ったり大学で研究を進める日が殆どだが、それでも夏休みというものは精神的に大変楽である。なかなか思う存分遊ぶことはないが、それでも日々無理のない程度のタスクがあり、それらをこなせるだけの体力と気力があるということ。なんと幸せなことだろうか。

長らく、この世には何も楽しいことはなく、生きているより死んでしまった方が良いと考えていた。今もそう思うときはある。発作のようになんのきっかけもなく湧き上がる希死念慮に、自殺未遂をしたこともあった。
今、私は死にたいと思ってはいないが、そんな過去の自分を否定する気はない。死にたいと思った過去の気持ちは否定できず、疑いようのないものである。死にたかった。つらかった。苦しかった。何一つとして嘘偽りは無く、そこにあったのは確かな自分であった。無かったことにはできないし、しなくていいのではないだろうか。
その過去があって、今、幸せを感じているという私がある。
死にたいと思っていた時期を乗り越えたとは思っていない。ただ、死にたいと思っていた「時」が過ぎただけだ。私の心は予想以上に流動的で、様々な働きかけと時の流れによってその在り方をゆっくりと変えている。

腹を空かせて帰宅すると、私の分の夕食にラップがかかっていた。皆もう食べ終わったのだという。少し長めに風呂に入ったあと、お気に入りのゲームの実況動画を見ながら夕飯を頂いた。食事に風呂、温かい寝床。今日は一段とありがたく思える。
明日の朝食のため米をといでいると、なんだか幸せだなあと感じたので書いてみることにした。
明日も良い一日になるといい。